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それは、大気圏を越え、太陽を越え、我々の住む銀河をも越えたところでの出来事だった。緑の森の中で、枝葉がぽっかりとあいた柔らかな日差しがさす雲の地面の上で、そこにいるのは、二人の裸の男の子。100センチに満たない身長、丸っこくて、ぷりぷりとした肌は、我々の常識では、4歳から5歳と見受けられる。彼らの背中は、後背筋から骨のような白いものが飛び出していて、それは彼らが笑うたびにピクッと動く。 「ねえウリエル、きみはきのうなにをしていたんだい?」 「ぼくはね、きのうは、ぼうえんきょうでとおくのほしをみていたよ」 「へえ、どんな?」 「なんだかね、あおくてあかるいほしだったよ。それでね、あっぷにしてみてみたらさ、にんげんがいっぱいいたよ。ぶんめいはったつどは、Dってところかな。シュナイダーがみつけたところは、たしかJだったよね。さいちてきはったつせいぶつがカメで、あたまがちいさすぎて、ほしのたんじょうからさいてい200おくねんはたってるのにいまだにぴすとるもできてなかったよね。ぼくのかちだ」 「でもさ、そんなのうんじゃん。ウリエルさ、かけっこははやくなったかい?300ねんまえからくちばっかりで、ちっともせいちょうしていないじゃないか」 「いったな、そうしたら、いまからしょうぶしようじゃないか。このあいだすてろいどをいっぱいのんだからね。きっとはやくなってるはずさ」 「やれやれ、じゅみょうがちぢまるよ」 「ちょっとぐらいちぢんだほうがいいんだよ。ほっといたら4おくねんはいきちゃうんだから。ぼくたちは」 彼らは立ち上がって、並んでクラウチングスタートの構えを取る。口調こそ柔らかいが、表情はいたって真剣だ。 「じゃあ、はんでとして、ウリエルは自分のたいみんぐですたーとしな。ぼくはそのあとでじはしりだすよ」 「まけたときのいいわけにしないでよ。よし、そうしたらきょりはどうする?」 「10きろでいこう。ダンレイのきがごーるだよ」 「よし」 そして、ウリエルと呼ばれる少年の裏腿が、徐々に太い筋が浮かんできて、ボディービルダーの体のようにムキムキと膨らんでいく。かれがゆっくりと息を吐き出すと、雲の地面はぶわーっと拡散し、周囲は霧がたちこめたようになった。彼の口からは空気が出続け、彼の向いている方向の木々がバキバキと折れて、そして根こそぎ吹き飛んでいった。そして今度は下を向いて空気を吸い込むと、雲が見る間に彼の口に吸い込まれていって、大きなくぼみができていき、彼らもどんどん下がっていった。2分ほど吸い込むと、彼は吸うのをやめ、腰をちょっと浮かせた。そして、どかんと大きな音がしたかと思うと、ウリエルはF1レースを連想させる、ものすごいスピードで走り去っていった。ワンテンポ遅れて、シュナイダーも走り出したが、すでにウリエルとは見えないくらいの差が表れていた。しかしシュナイダーはウリエル以上に速く、木々をなぎ倒しながらものすごい勢いで進んでいく。ウリエルの走った後は雲が巻き散っていて霧が濃くて、視界がとても悪かったが、シュナイダーは時折視線を上げる。彼の視線の先にあるのは東京タワーくらいの高さの大きな木。 「ウリエーーール!まだまだだなあ」 「うそお!」 気がつけばシュナイダーの後方からウリエルの声。シュナイダーはダンレイの木にタッチをして、勝ち誇った笑みを浮かべた。ウリエルはちょっと遅れて到着し、ぜえぜえと膝に手を置いた。 「シュナイダーさ、ぜったいはねつかったでしょ。はやすぎるもん」 「つかってないよ。それに、こんなもりのなかじゃとんだほうがおそくなるよ」 シュナイダーの背中から、骨のような突起がにょきにょきと伸びてきて、鳥の羽のようなふわふわした毛が生え、そしてぱたぱたと動くと彼の体が地面から離れて浮き上がった。 「ぼくのきんぎょうしゅくりつは、たぶんウリエルの1.5ばいはあるよ。ウリエルはたしか、2050きろくらいだろ?」 「2072きろだよ」 「どっちもたいさないよ。ぼくは3200くらいあるもん。ウリエルさ、いいかげんちゃんとしたほうがいいよ。きみはそうやってうじうじとひねくれているから、400まんねんもかのじょがいないんだよ」 「そのことはかんけいないだろう」 「いや、かんけいあるね。それとも、むかしのかのじょがわすれられなくて、あたらしいかのじょをつくらないとでもいうのかい?」 「なんだと、シュナイダー、いっていいこととわるいことがあるよ」 「なんどでもいうよ。きみは、おとこらしくないんだよ、ウリエル」 「い、いったなぁ!」 ウリエルは握り締めた拳をシュナイダーの顔面に叩き込んだ。風圧で地面が吹き飛び、葉は舞い、木々がきしむ。ウリエルは何度も何度もシュナイダーを殴り続ける。シュナイダーは、一発殴られるたびに、表情が硬い怒りに満ちていった。そして、ゆっくりと空手の正拳付きのような構えをとっていく。そうしてから、ウリエルの顔からみるみる血の気が引いていき、殴るのをやめた。 「ご、ごめん、シュナイダー。ちょっと、ちょうしにのりすぎたよ」 「もうおそい」 その外見には不釣合いな冷たい声で、その言葉を言い終わった瞬間、その場からウリエルの姿が消えた。ダンレイの木のふもとから見えるのは、ウリエルとシュナイダーが走ってきた二つの道と、もう一本、さっきまでなかった木々の吹き飛んだ道。シュナイダーの拳からは、血がぽたぽたと落ちていた。 「またやっちゃった・・・ウリエール、ごめんよ、もうたたかないから、でてきておくれ」 そう言って、シュナイダーは森の中へと消えていった。 シュナイダーに殴られて、ウリエルは大量の鼻血を出した。そのうちの一滴は、ものすごい勢いで空へ飛んでいき、その星の大気圏を越え、その星にとっての太陽を越え、その星の属する銀河を越えた。その血は大気圏の熱さでも、宇宙の寒さにも負けず進んでいった。そしてウリエルの血は、長い年月を経て、地球へとやってきた。そして、ウリエルの血は、日本国秋田県大仙市にやってきて、その時たまたま大きなあくびをしていた、天野一男(17歳)の口の中へ入った。一男は、何か口に入ってきた感じはあったが、特に気にもせず、喉にくっついていたウリエルの血を、つばを飲んで、胃へと流し込んだ。彼にとっても、他の人にとっても、その日はいつもの朝の始まりにすぎなかった。 戦争はやまずとも、それなりに平和だった地球が、人類だけでなく生命存亡の危機に瀕するのは、この日からであった。 |
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